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コソコソおたくの戯れ言。馬鹿なことを一生懸命やるから面白いんだ!!

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■ 2007/10/05 (Fri)  俺スザクとルルーシュ。

ようやく本題というか、スザクにとってのルルーシュってなんだろう? の答えを求めての心理学的アプローチ第3弾。ようやく前提条件をクリアしたってところかな。

今まで書いたもの。
第1弾「ルルーシュとスザクのトラウマ
ルルーシュのトラウマと、それに向き合えたルルーシュ。意識的に行われる言語的思考。またSTAGE25の「お前の存在が間違っていたんだ」というスザクの台詞について。
第2弾「トラウマとナルシシズム
スザクのトラウマと、トラウマの抑圧によるナルシシズム的心理状態の形成(=僕スザク)。それによって無意識に思い込んでいる価値観。経験による因果関係の蓄積と思考過程の不足。

それでは、スザクとルルーシュとの関係を時系列順に語っていきたいと思います。
まずは10年前、二人の出会いから別れまで。

ポイントは、コードギアスにおいて「父」と「母」が意味するものとはなんだろう? ってところから、「母性と父性」「エロス(情緒)とロゴス(論理)」「スキンシップと言語的コミュニケーション」「社会性と権力」について。また、善悪に対する父性と母性の違いについて。
特に、スザクの母の不在。そこに見られるスザクの社会性とルルーシュとの関係。
そして、これらを踏まえてスザクのトラウマとルルーシュとの関係。これは次回に。

このあたりについて語っていきたいと思います↓
まず二人が出会う前、ルルーシュとスザクの母性と父性について考えて思ったことは、マリアンヌ様は母性と父性を兼ね備えた人だったんだなぁ、ということと、スザクの母の不在はそのまま母性の不足と考えればいいんじゃないか、といったところ。
ここで「母性と父性」を「エロス(スキンシップ)とロゴス(言語的コミュニケーション)」という観点から考えると、

子供は最初「母性=エロス(スキンシップ)」によって基本的欲求を満たされる。それが適切であれば、自然に上位の基本的欲求の充足を求めるようになる。と同時に言語能力が発達するため、「父性=ロゴス(言語的コミュニケーション)」によって欲求を満たそうとするようになる。(下手くそな要約ですみません)

らしいです。
つまりルルーシュは、母性が十分与えられたため、言語的コミュニケーションへと移行し、言語的思考力を発達させた(まぁ、もともとの適正ってのも大きいと思いますが)
逆にスザクは、母性が不足していたため、スキンシップによるコミュニケーションをしがち。スザクにとっての親代わりは藤堂さんだったみたいですが、彼から得られた母性(=スキンシップ)も道場での稽古に限られていたと考えた方が良いでしょう。「初恋が3歳で相手がお手伝いのお姉さん」や「軍に入る前年上の女性の世話になっていた」というのは、満たされなかった母性を無意識にのうちに求めているという描写なのではないでしょうか。また「片想いばっかり」なのは、スザクが恋愛感情だと思って年上の女性に向けた感情が、実は母性への欲求だったからだと思います。そう、スザクは母性に弱い!!

で、次に「父性と母性」「権力と社会性」の関係について。
コードギアスの世界では、「父=権力」です。ルルーシュの父もスザクの父も、皇帝や首相という目に見える権力者として描かれているあたり顕著ですね。
逆に「母性=社会性」と捉えることができると思います。社会性、つまりコミュニケーション能力の発達については、上記の通り、エロスからロゴスの順に起こります。逆に十分にロゴスが発達すると、人はまず言語的コミュニケーションを行い、そこでお互いの欲求の授受を確認した後、スキンシップによるコミュニケーションへと移行します。
それを踏まえて。
ルルーシュは、母性と父性を兼ね備えたマリアンヌ様に育てられ、クロヴィスやユフィなど兄弟姉妹の交流もあり、本来はそれなりに社会性に富んだ性格なのではないかと思います。「社会性に富んだ」というのは「エロス(情緒)とロゴス(言語)が豊かでバランスが良い」と言う意味です。しかしその後、母が殺されたり「死んでおる」と言われたりで人間不信に陥り、心に分厚いロゴスの壁を築いてしまうわけですが。
逆にスザクは、まともに話し相手になってくれるような人は、藤堂さんくらいしかいなかったんじゃないかと。多分他の大人たちは「子供の言うこと」として話半分にしか聞いてくれなくて、他の子供達は「暴力がコミュニケーション」のスザクを避けている様子でしたから。

そして、そんな二人が出会うんですね。
会っていきなり土蔵の所有権を巡って(違)一悶着あるわけですが、
その前に「善悪に対する父性と母性の違い」について。

父性は善と悪を区別して指導する傾向、母性は善悪の分け隔てなくすべてを包み込む傾向
「母性>心理学上の母性」 - Wikipedia

とあります。
「日本=正義」「ブリタニア=嘘=悪」のスザクと、「日本もブリタニアと変わらない」と言い、ナナリーの為に優しい嘘をつくルルーシュに、この対比が垣間見られるような気がします。
その後スザクは、ルルーシュがナナリーについた嘘をばらしてしまう。それがルルーシュのロゴスの壁を突き破り、なんとルルーシュからスザクに掴み掛かっちゃう。そしてお互い殆ど一方的な「暴力のコミュニケーション」を経た後、ナナリーを見てルルーシュの優しい嘘に気付くわけです。
これって、スザクがルルーシュに母性を見た瞬間!?少なくともルルーシュに興味を持ちはじめたのはこのときですよね。そしてルルーシュに対して「女みたい」だとか「一人で妹の世話をしている」「食事も洗濯も掃除も買い物も」とかあるから、「男のくせに」「弱いくせに」「ブリタニア人のくせに」と思いつつ、母性を感じていたに違いない。
この善悪に対する母性的な観念は、STAGE17のルルーシュの台詞「物語は必要だからな。日本にも、ブリタニアにも」にもよく表れてる。スザクはいつも「正しい」「間違ってる」ばっかり。ここら辺は、僕スザクになっても変わっていない部分ですよね。他にも涙脆いところと、体力馬鹿なところが変わっていない。

ちょっと話を戻して。
ルルーシュのロゴスの壁は、結構隙があります。
1.ルルーシュの予想外の行動をする。
2.ナナリーを大事にする。
を満たせば、条件はクリア。特に10才のときはまだ不完全で、ルルーシュのロゴスの壁を本当の意味で突破することの出来る最後の時期だったんじゃないでしょうか。17才ルルーシュだと、いくらロゴスの壁を突破して彼の情緒部分に触れたとしても、それ以上中に入れてもらえない……いや、例え入っていたとしても、ルルーシュが「ナナリーとスザク以外は入れない」と思ってるだろうから。
子スザクの場合、暗殺事件以来初めてナナリーを笑わせたことで、ルルーシュのロゴスの壁を完全突破しましたよね。
そして、スザクはルルーシュから母性と社会性を受け取り、ルルーシュはスザクのおかげで、本来の自分を取り戻すことができ、更に、心壊れることなく自身のトラウマと向き合うことが出来た、と。
そう、スザクはルルーシュから社会性を学んだんです。それで、スザクのルルーシュ像に似せた僕スザクが出来上がったわけですが、そのあたりはまた今度。

<参考>
WR1228 これで良いのか?「病める日本」の心理学(69?74):母性(原理)と父性(原理)」 - 長いです。分かりやすくまとまった文献があればなぁ。

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