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コソコソおたくの戯れ言。馬鹿なことを一生懸命やるから面白いんだ!!

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■ 2007/10/11 (Thu)  僕スザクとルルーシュ。

俺スザクとルルーシュ」で母性と父性について語ったときにコードギアスの世界では「父=権力」だよなって書いたけど。そうじゃない良いパパ、シャーリー父やダールトンは、二人ともルルーシュに殺されてしまったのだよな……シクシク

今回は俺スザク→僕スザクのあたりをルルーシュを絡めて語りたいなって思うんだけど、その前に。

私の中では、母性的=女性的ではないし、ルルーシュ=母性的でもないんですよね。単にルルーシュに母性的な要素が揃っているってだけで、彼の言語的思考力(ロゴス+力)を父性と捉えると、ルルーシュって凄くニュートラルなイメージです。両極端だけど絶妙なバランスを保っているというか。
つまり、スザクがルルーシュから得たのが母性的なイメージだったんだろうなぁと書きたかったんです。

そんなこんなで、世界の全て(以下略)を↓
既に、子ルルと子スザクはお互い足りないものを補い合えたんだよってとこまで書きました。では、ルルーシュ・ナナリーとの別れがスザクにもたらしたものとはなんだろう。

その前に、「トラウマとナルシシズム」で、スザクは「父殺しの後悔」「結果主義」「生きるための自己否定」な自分を抑圧して今の僕スザクになったんじゃないかなーって書いたんですが、それと同時に関連する記憶も抑圧していたわけで。スザクはユフィに騎士章を返すとき、父を殺したことを「思い出した」と言っているので、彼が父殺しの記憶を無意識下に抑圧していたことは本編で明示されています。が、もう一つ、抑圧していた記憶があると考えています。それは、9巻ピクドラでスザクが思い出していた、ルルーシュが「ブリタニアをぶっ壊す」と言ったこと。これは色々と理由はあるんですが、STAGE1の再会シーンを思い出してみて下さい。スザクはルルーシュを見て、まず「お前……」と呟いています。このとき、7年ぶりに俺スザクが戻ってきそうだったんですよ。でも、ルルーシュが「ブリタニアをぶっ壊せ!」って言ったもんだから、思い出してはいけないことまで思い出してしまいそうで「僕だよ。スザクだ」と、無意識の仮面(僕スザク)で対応してしまったんじゃないかと。
何この再会の瞬間からすれ違っちゃってる二人は……
スザクってSTAGE25でも「信じていたから」じゃなくて「信じたかったから」って言っているから、再会したときからルルーシュのこと疑ってたんだよね。ルルーシュに対して僕スザクで接し始めた瞬間からルルーシュのことを信じられなかったんだよ。
ええと、つまり。
「ルルーシュ=『ブリタニアをぶっ壊す』=父殺し=間違っている」→「ルルーシュ=間違っている」を否定するために、ルルーシュの発言を忘れて(ルルーシュ≠「ブリタニアをぶっ壊す」にして)「ルルーシュ≠間違っている」にした、と言いたいんです。
何故かと言うと、スザクは無意識に母性を求めているので、ルルーシュに母性を見て、無意識にルルーシュを求めてしまっているから。「ルルーシュ=間違っている」となると、スザクは間違い(スザクが求めていないもの)を求めていることになっちゃうんですよ。

ここで重要なのが、ルルーシュの「ブリタニアをぶっ壊す」の発言に、スザクが自分の罪を重ねて見ていること。ルルーシュの台詞を認められないということは、自分自身の罪と向き合えないことになってしまうんです。そこら辺の相乗効果で、スザクは「父殺し」と「ブリタニアをぶっ壊す」の記憶を無意識下に抑圧するしかなかったんだろうな。

「僕」スザクの形成に関しては、そこここで「昔のルルーシュを手本にしている」と書かれていますが、そこら辺についても少し。
抑圧の結果、自分を見失ってしまったスザクですが、手本にする対象がルルーシュしかいなかったんだろうと考えています。「俺スザクとルルーシュ」でスザクはルルーシュから社会性を学んだと書いたんですが、これがそのまま理由です。まぁそんな難しいこと考えなくても、他に友達がいない状況で大人の中に放り込まれたんですから、深く関わった同年代の同性となるとルルーシュしかいませんよね。

最後に「もしも」の話をしておきます。
もしも、あそこでスザクとルルナナが別れなかったら、スザクの時は止まらなかったんだろうと思っています。何故か?
ルルーシュとスザクのトラウマ」で、「ルルーシュには、トラウマと向き合い乗り越えようとするために必要なものがちゃんとそろっていた」そしてそれは、ルルーシュの持つ言語的思考力、ナナリーというトラウマを突きつける存在、スザクという他者であり尚且つ味方である(客観視と一時的な逃避を可能にする)存在であると書きました。
そう、スザクにはルルナナがいればこの要素が全て揃うんですよ!
スザクにとって、ルルーシュは、トラウマである「父殺し」そのものを、突きつける存在ですから。「言語的思考力」+「トラウマを突きつける存在」がルルーシュ。「他者であり尚且つ味方である存在」はルルナナ。
……ん? あれ? スザクにはルルーシュさえいれば事足りるようで……う?ん、なんだか複雑な気持ちだ。ルルーシュとスザクを繋いだのはナナリーなのに……!!
でも、なんでスザクにとってのナナリーが、ルルーシュ「とナナリー」なのか良く分かった気がします。

そんなわけで「スザクにとってルルーシュって世界の全てだったんだなぁ」という感想が漏れたんです。「母性」で「社会性」で「自分自身と向き合うのに必要」な辺りが。
とはいえ、まだ、ルルーシュと出会ってからの僕スザク解体が残っておりますので、それをまた今度考察したいなぁと思っています。
同時に、スザクにとってのユフィもね!(←コレ重要)
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コードギアス | trackback(0) | comment(0) | 00:53


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