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コソコソおたくの戯れ言。馬鹿なことを一生懸命やるから面白いんだ!!

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■ 2007/10/22 (Mon)  スザク対ユフィ・ルルーシュ・ナナリー。

なんのひねりも無いタイトルですが、スザクをユフィ・ルルーシュ・ナナリーとの関係性から語っていきたいと思います。

その前に、これまでのスザクまとめ。
トラウマとナルシシズム」でやったまとめにちょいと手を加えてみました。

『スザク人格表』(と名付けてみる)
0.未だ明らかにされていない父殺しの動機[(俺)スザク深層?]
1.無意識に抑圧されたスザクの本質 [(俺)スザク](STAGE23?)
「父殺しの後悔」+「結果主義」→「生きるための自己否定」
(ルルーシュが「ブリタニアをぶっ壊す」と言った記憶もここに抑圧)
2.反動形成によって無意識に思い込んでいる欲求 [僕スザク深層](STAGE16?)
「父の死の肯定」+「過程重視」←「自己肯定のための死にたがり」
(マオによって暴かれた)
3.抑圧の結果としてのナルシシズム的価値観 [僕スザク表層](STAGE1?)
「ルール重視」←「ブリタニア社会で認められたい」

9巻ピクドラで語られたのが1。ルルナナとの別れからSTAGE1の再会時までに形成されたのが、2?3。逆に本編では3→2→1の順にスザクの本質が暴かれていっている。
と、考えています。

そして、今まで散々語ってきたスザクにとってのルルーシュを一言で表すと「スザクにとって、ルルーシュは世界(=自分)を映すための唯一の鏡だった」。つまりスザクは、ルルーシュがいないと世界の最小単位である自分自身ですら見つめることはできなかった、と。

そんな感じで、まずはスザクとユフィについて↓
スザクとユフィの関係性を考える上でターニングポイントとなるのが、STAGE5,STAGE20,STAGE23だと思います。なので、STAGE5,STAGE5?20,20?23,23以降に分けて考えます。
STAGE5
ユフィの身分が明かされるまでは、スザクの中でのユフィの位置は固定されていません。だからちゃんとユフィ自身を見ようとしている、ような気がします。
STAGE5?20
ここでのユフィは「自分に好意的なブリタニア社会」の象徴。つまり、[僕スザクの表層]を肯定してくれる存在です。
STAGE20?23
STAGE20のユフィの台詞「私を好きになりなさい。?」、これでようやくユフィがスザクの世界に入ってきたんじゃないのかなぁ。この「スザクの世界に入ってくる」とは、「ルルーシュという鏡に映し込むことのできる存在になる」ということで。そして鏡に映した結果、「自分とユフィ」を「ルルーシュとナナリー」に当てはめて見ている、と考えています。
STAGE23以降
このときはひたすらルルーシュに過去の自分を見ていますからね。すでに「スザクとユフィ」という括りすらも薄くなっているんじゃないかと思います。で、ここでのユフィの位置ですが、「ルルーシュ(=ゼロ)にとってのユフィ」を「スザクにとってのゲンブ」に重ねて見ているんですよ。

と言うわけで、私をあれだけときめかせたスザユフィはSTAGE20?23だけの超短命だったみたいです。ぐすん……

しかし最近、あれはスザユフィではなくユフィスザだったのでは? と考えています。上で、「自分とユフィ」を「ルルーシュとナナリー」に当てはめて見ている、と書きましたが、逆なんですよ。はたから見ると、「ユフィとスザク」の関係が「ルルーシュとナナリー」の関係に似ているんです。
だって、ユフィとスザクはギブ&テイクに見えて実はそうじゃないですよね。ユフィは「私を手伝ってくれますか?(STAGE20)→「これからも色々と助けて下さいね」(STAGE22)ってスザクに何かしてもらってるみたいな言い方をしているけど、実のところスザクは何もしていないんですよね。「イエス、ユアハイネス」って答えていたくせに(笑) 行政特区にしても、ユフィからスザクに対して一方的に与えているものじゃないですか。なんかもうこの図式が、ルルナナと一緒なんですよ。
現実と向き合って答えを出し、未来を掴もうと行動を起こしているルルーシュとユフィ。逆に世界を閉じて、ひたすら過去を見ているナナリーとスザク。だからルルナナでユフィスザ。スザユフィじゃなくて、ユフィスザ。
そう、ユフィはルルーシュと同じ「与える愛」の人なんですよ。そのくせ口では相互扶助とか言ってギブ&テイクに見せかけているとこも同じだよなぁ。こうなってくるとスザクはユフィにルルーシュを重ねている説が……ゲッホゲホ

あと、よそ様の感想で「ユフィとスザクはあのまま成長しないんじゃないか」と言われていたのを目にして、そのときはなんでだろうと不思議だったんですが、ルルナナとユフィスザの類似性という点から見てみると、なるほどなぁと。
ルルーシュは今のナナリーの状態を良く思っていないんですよ。昔は活発で年相応の我が儘も口にしていたナナリーが、沢山のものを諦めなくてはならない現状を。だから、ナナリーを変える為に世界(現実)を変えようとしている。
だけど、ユフィは今の「僕スザク」を肯定してるんですよね。死にたがりなところだけは否定していますけど。でも「僕スザク」はトラウマと向き合えずに出来上がった性格なわけで。確かにユフィはスザクにとって居心地の良い存在だと思いますが、過去に囚われているスザクを変えるわけではないんですね。行政特区設立によってユフィが変えたがっているのは、スザクというよりルルナナですし。

もう一つ、客観的に見たスザクにとってのユフィの存在について。これは、「スザクのルルーシュに対する見方を変える存在」だと思っています。
スザクが、無意識下に押し込めていたルルーシュ=ゼロの可能性を意識したのって、STAGE20の「私を好きに?」があったからじゃないかと。そしてその後、ユフィの死と同時にルルーシュ=ゼロを確信しているわけで。
しかし、後者はともかく前者については「何の関係があるのか」と言われそうだ。
そこら辺はスザクの善悪二元論的価値観をルルーシュという鏡に照らし合わせて考えてみたいと思います。

ルルーシュと再会してからずっと、スザクはちゃんとルルーシュを見ていないんですね。スザクにとってのルルーシュは目の前にいるルルーシュではなく、7年前の思い出を元に形成した“理想化されたルルーシュ”で(そしてそのルルーシュを愛することがスザクの自己愛の形。これは“僕スザク”という“理想化されたルルーシュ”の仮面を被っているあたりが顕著だと思うんですが)。この“理想化されたルルーシュ”というのはスザクにとっての善であり、スザク語で言うと「正しい」存在。それにプラスして「母性」でもあるんです。しかしこの「母性」はスザク自身は持っていないものなので、過去の記憶(ルルーシュとナナリー)か外部(他者)にしか見出せない。
以上を「善の鏡」とします。恥ずかしいくらい名称にセンスが無いのは(以下略)
考えてみると、再会した当初のスザクは善の鏡しか見ていない状態と言えるかも。

逆に「悪の鏡」=「間違った存在」ですが、これはそのままゼロですね。ルルーシュ=ゼロだと無意識に気付いているからこそ、ゼロが悪の鏡となり得たわけですが。この悪の鏡に自分の姿を完全に映すことが出来たのが、STAGE23のユフィの死であったと考えています。つまり、このときまではゼロ=悪は不完全な状態なんです。

ここで、STAGE20の「私を好きに?」ですが。
この言葉で、ルルーシュ(とナナリー)しか映っていない善の鏡にユフィが映りこんだわけです。そして、未だ悪の鏡は不完全。何が言いたいのかというと、ルルーシュが100%善で無い状態で尚且つゼロが100%悪でない状態であるこのときこそ、スザクの中でルルーシュ=ゼロを受け入れられる唯一の期間だったのではないかと。だからエナジーフィラーを受け取った。ルルーシュを特区に誘った。
STAGE25ではルルーシュ=(100%?)善,ゼロ=100%悪の状態でルルーシュ=ゼロが確定したため、スザクは「君は嘘を付いたね」と今までのルルーシュを嘘にして、善の鏡を叩き壊したわけですね。

今にして思えば、ユフィスザだったSTAGE20?23というのは、不完全ながらもスザクが救われていた状態なんだなぁ、と。ルルーシュ=ゼロを受け入れることができた、つまり善と悪を結びつけることが出来た状態ですから。
ええと、スザクを苦しめているのはこの善悪二元論的価値観なんですよ。だからスザクを救えるのは善悪を分け隔てなく包み込む存在(=母性)だと思うんです。その点はユフィもルルーシュもクリアしているんですけど。ユフィはもういないし、ルルーシュはスザクの中で悪そのもの=「間違った存在」になってしまっている。

いや、ちょっと待てよ(大汗)
スザクは「ユフィを殺したルルーシュ」を「ゲンブを殺した自分」と重ねて見ることで、自己嫌悪を認識し、やっと自分の中の罪と向き合えたんじゃないかと思ってたんですけど。実はそうじゃなくて、自己嫌悪から逃れたいがために、ずっと誰かに罪を押し付けたかったんじゃないのかな、なんて。でも「誰か」と言ってもスザクはルルーシュを通してしか世界を見ることが出来ないわけで。だから、ゼロバレのときにあっさりルルーシュを「嘘」にしたんじゃないかと。善と悪を結び付けられなかったというよりも、ゼロであるルルーシュを悪にすることで、自分と向き合うことから逃れたんじゃないのかな……とね。
あわわ……さすがにこれは考え過ぎだと思いたい。
いやでも、本当にスザクは、ルルーシュを自分の中で好き勝手し過ぎだ。善の象徴の次は悪の象徴ですよ。やっぱりスザクはルルーシュを自分のものだと思い込んでいるとしか……
しかしスザクの「正す」は「殺す」なので、ルルーシュを殺した途端その罪(=彼に向けていた嫌悪感)は、倍になってスザクに戻ってくるんですよね。おお、なんて恐ろしいループ。

なんかもう恥ずかしい話なんですが、実はSTAGE11後に「スザクが救われるにはスザクの価値観を破壊しかない! その瞬間があるとすればゼロバレしかありえない!」と友人に力説して一蹴されたことがあるんです(笑) しかしそのときはまさかスザクの中でゼロバレの瞬間に「ルルーシュ=悪」になるとは思っていませんでしたよ……

それにしても、スザクの自己嫌悪が目に見える形で表れたのが、STAGE23?のゼロ=ルルーシュに対する憎悪と考えると……スザクは今まで自覚は無くとも自分を「殺したいほど憎い」と思っていたということで、「死にたがり」だったのも納得です。

しかし、悪の象徴は自己嫌悪という形で自分の中に見出すことができますが、善の象徴(=母性)はスザクの持ち得ないものなので、ユフィを失い、ルルーシュという過去の記憶を嘘として否定したからには、最早他の誰かに求めるしかないんです。
では「他の誰か」とは?
もうナナリーしかいないと考えています。スザクの中でナナリーは過去のまま変化していない存在だと思うんです。実際ナナリーは8年前のマリアンヌ殺害の事件から心を閉じてしまっている。さらにナナリーは女の子ですから。女性の方が母性を感じ易いでしょう。
なので、今後スザナナ展開は十分にあり得る! と思っています。

でも、スザクもナナリーも過去に留まり世界を閉じているので、この二人だけでは閉塞感に満ちた世界した描くことが出来ない。ですが、ナナリーは愛情、スザクは憎悪という感情のベクトルをルルーシュに向けています。この相反するベクトルがスザクの善悪二元論を覆すかもしれない。そして、ルルーシュは3人の中で唯一未来を描くことの出来る存在なわけで。この3人が綺麗な3角形を描くことができれば、あるいは……と、なんだか希望が見えてきた気がします。

あ、なんか、STAGE25以降もナナリーがルルーシュに愛情のベクトルを向け続けるという前提で話していますが、これは……賛否両論に分かれるところですよね。
でも「何もかもを投げ捨てて駆けつけたルルーシュを、ナナリーが否定するだろうか?」と考えてみると、否定だけは絶対にしないと思うんですよ。寧ろナナリー第一であることを行動で示したわけで、その点に関しては寧ろ惚れ直すくらいでもおかしくないんじゃないかと。

STAGE23?25は絶望的に描かれていて、大ショックを受けている方々が沢山いらっしゃるみたいですが、でも、C.C.の語りではないですけど、この悲劇的展開こそが三人の願い通りの未来を描くための希望なんじゃないのかなぁと、つぶやいてみる。
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コードギアス | trackback(0) | comment(0) | 02:39


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